2020年度春期キリスト教教育強調週間メッセージ

Date:2020.05.19

宗教主任 小林昭博

聖   書 ルカによる福音書21章7−19節
メッセージ 「惑わされずに使命を全うする―パンデミックとインフォデミック」
【聖書:ルカによる福音書21章7−19節】

そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」
イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」
そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。それはあなたがたにとって証しをする機会となる。だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

(『聖書 新共同訳』日本聖書協会)

【メッセージ:「惑わされずに使命を全うする-パンデミックとインフォデミック」】
黒澤記念講堂

この度の新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的とした北海道および日本全体の緊急事態宣言を受けて、酪農学園大学では2019年度学位記授与式や2020年度入学式といった式典を中止し(前者については略式式典と学長メッセージを動画配信しました)、授業開始時期も一ヶ月以上遅らせる事態となりましたが、漸く2020年5月14日(木)より遠隔による授業を開始することができました。移動や行動の自粛に伴い、本学でも通常の授業等を行うことができず、在学生ならびに新入生のみなさんには多大なご不便をおかけしていますが、この間のご理解とご協力に感謝申し上げます。本来であれば、授業開始と同時に大学礼拝が行われるのですが、2020年度前学期は学生が最も多く集まり、最も大きなクラスターの発生が危惧されるゆえに、大学礼拝の中止に踏み切ったために、キリスト教主義大学の教育の中心でもある大学礼拝に出席いただけないことが残念でなりません。本来であれば、授業開始後の最初の礼拝実施日である5月19日(火)は、2020年度春期キリスト教教育強調週間の礼拝の予定日でもありました。そこで、2020年度の授業開始後の最初の礼拝予定日であり、強調週間予定日でもある本日、2020年度春期キリスト教教育強調週間メッセージを学生と教職員のみなさんにお届けさせていただきます(竹花学長からもその旨の依頼を受けています)。

黒澤記念講堂

新型コロナウイルスの世界的なパンデミックによって、―2020年5月17日時点の統計によると―日本では749人の方々が亡くなり、世界全体では30万7395人の方々が亡くなったことが報告されています。かけがえのない生命が失われ続けている知らせに接する度に、いたたまれない思いが込み上げてきます。また、新型コロナウイルスの影響は社会的・経済的にも甚大なものがあり、その収束時期が予想できないだけではなく、収束後の世界が困窮を極めるとの不安が社会全体を覆っています。そして、より厳しい現実としては、将来の不安以前に、すでに日々の実際の生活が逼迫している方たちも数多くいることを思うとき、政府の対応の酷さを批判する批判の矛先が自分自身の無力さに対しても突き立てられていることを感じざるを得ません。

冒頭の新約聖書のルカ福音書21章7−19節は「小黙示録」と呼ばれる聖書テクストであり、世界が終焉を迎える終末時の状況を記しています。むろん、このような終末描写は古代人の世界観に基づくものですので、現代のわたしたちがこの言葉を世界の終わりの預言として受け止めることはできませんが、このような終末預言が時代や社会の変遷期に生じる混乱を背景として描写されているということは容易に想像がつきます。つまり、大きな混乱が契機となって時代や社会の一大変化が生じるということです。あるいは、時代や社会が一大転換を迎えるときには大きな混乱がつきものだと言い換えることも可能です。

大学礼拝

ルカ福音書21章9−11節が伝えるところによれば、その大混乱とは「戦争」「紛争」「大地震」「飢饉」「疫病」です。「戦争」や「紛争」は世界中で未だ収まっていませんし、複数の「大地震」の記憶は日本でも未だ新しく、アジア・アフリカでは「飢饉」(飢餓)によって多くの生命が失われています。そして、最後の「疫病」は新型コロナウイルスという現実のものとしてわたしたちの生活を脅かしています。ルカ福音書21章11節の「疫病」が具体的に何を指しているのかは定かではありませんが、ルカ福音書が著された紀元1世紀末以前の最も大きな「疫病」の記録は、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス(前460年頃〜前395年)が報告する紀元前5世紀の「アテナイの疫病」です(トゥキュディデス『歴史』2:47−54)。「アテナイの疫病」がどのような感染症であったのかについては、「腺ペスト」「エボラウイルス」「マールブルク病」といった説が唱えられていますが、いずれにせよアテナイの人口の3分の2に及ぶ死者を出したと言われており、「疫病」が文明そのものを一変させてしまうほどの猛威を振るっていたことが知られています。したがって、ルカ福音書が終末時の世界的な一大転換の徴として「疫病」をあげているのも頷けるわけです。

このように古代ギリシャでも「疫病」=「感染症」の恐ろしさは遍く知られていたのですが、現代世界ではパンデミックが古代世界のように地域に限定されず、瞬く間に世界中に拡がってしまいます。その意味では、古代の「アテナイの疫病」に比しても、そして中世にアジアとヨーロッパを席巻した「ペスト」や100年前に全世界を襲った「スペイン風邪」と比較しても、遥かに早いスピードで新型コロナウイルスが世界に拡散し、世界中の様々な地域でパンデミックを引き起こすという現代のグローバルな世界に特有の状況を呈しているものと思われます。

これまでも「パンデミック」という言葉は知られていましたが、最近は2003年のSARSのときから使われ始めた「インフォデミック」という言葉も頻繁に聞かれるようになってきました。「インフォデミック」は「インフォメーション」(情報)と「エピデミック」(流行)から成る造語であり、不正確な情報がウェブ上に大量に拡散されている現象が感染症の「パンデミック」に似ていることから作られたもののようです。したがって、「インフォデミック」とはSNSを通じて情報の感染が爆破的に拡がり、「フェイクニュース」と「リアルニュース」を見極めることのできない混乱状態のことであり、確かにこれは現代社会の新たな問題だと言えます。しかし、これまでも社会が混乱状態に陥ったときには、「流言飛語」「デマ」「ヘイトスピーチ」が蔓延してきたことも知られていますので、その意味では「インフォデミック」は現代の「流言飛語」「デマ」「ヘイトスピーチ」と理解することもできます。

ルカ福音書21章7−19節には、古代世界においても「フェイクニュース」「流言飛語」「デマ」「ヘイトスピーチ」が蔓延していた様子が窺えるのですが、ルカ福音書はそのような混乱状態においても、怯えず、惑わされることのないようにと人々を促しています。そして、ルカ福音書の促しは現代世界にも不可欠なものです。なぜなら、新型コロナウイルスや新型肺炎を特定の地域名や国名を付けて呼ぶことは、欧米社会におけるアジア系の人々に対するヘイトクライムの顕在化とも無関係ではありませんし、国際社会において特定の国の対応や対策を相互に攻撃し合う排外主義もまた自国ファーストという名のナショナリスティックなヘイトスピーチだと言えるからです。また、日本国内では新型コロナウイルス感染者に対する強烈なバッシングに留まらず、「自粛警察」という名の監視社会が拡がっています。そして、わたしたちの生命を守る医療現場で懸命に働く医療従事者やその家族に対する差別と偏見が拡がっている事態には、怒りよりも悲しみが込み上げてきます。それと同様に、日常生活を支える様々な仕事に従事する人たちに対する蔑視や攻撃も後を絶たないことも悲しい現実です。

建学の精神「三愛主義」

しかし、このような相互不信に満ちた社会状況だからこそ、ルカ福音書に促され、怯えることも、惑わされることもなく、冷静にこの時代を歩んでいきたいと願わずにはいられません。なぜなら、このような不信と不安に満ちた時代と社会であればこそ、建学の精神である「三愛主義」の「人を愛する」(隣人愛)ということの大切さが身に染みて感じられるからです。新型コロナウイルスの蔓延による不信と不安に満ちた社会の直中にあっても、怯えることも、惑わされることもなく、これからも学生を支える「愛」(隣人愛)のある教育(キリスト教教育)を実践していくことこそが酪農学園大学の使命(ミッション)です。コロナ後に始まる新たな時代と社会が信頼と平和に満ちたものとなるよう、学生のみなさんと一緒に建学の精神に基づきつつ、新たな時代を生きる大学を形成し、社会の課題を一緒に担っていきたいと願っています。新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、新入生と在学生のみなさんと一緒にキャンパスに集える日を心待ちにしています。