2022年6月28日の大学礼拝(リモート礼拝)のお知らせ

Date:2022.06.23

2022年度前学期第11回大学礼拝

【リモート礼拝(礼拝動画の配信)】

 

礼拝動画の視聴にさいしては、以下のリンク(Google Drive)をクリックしてください。

    https://drive.google.com/file/d/1oamsnu5SGxRXk0b9br8N-mJA-s8Mk0t5/view?usp=sharing

    【本日の聖書】

    フィリピの信徒への手紙4章8節

    【新共同訳聖書】  

     8終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。

     

    【本日の奨励】

    「心に栄養を」

     フィリピ4:8は人間が生きるうえで大切な心構えを記しています。8節冒頭で「終わりに」と訳されている接続詞には、「終わりに」という意味もあるのですが、8節以降も手紙が続くことを考えると、ここでは別の話に移ることを示す修辞的表現と見なされますので、「さて」や「そこで」といった意味の用例だと考えられます。つまり、これから大切なことが告げられることを知らせる接続詞だということです。8節でパウロは8項目の美徳をあげています。新共同訳聖書が1〜6番目の徳目に「すべての」を付け、7〜8番目には「〜があれば」と付していることからも分かるように、1〜6番目は具体的な美徳が記されているのに対して、7〜8番目はれらの6種類の美徳に代表される、生きるうえで大切なあらゆることを心に留めるよう勧めています。「すべて真実なこと」はギリシャ哲学の真理に通じる真実な生き方の追求です。大学で真理を探究するうえで、真理に対してだけではなく、人間相互に対しても真実に接することが大切だということに通じます。「すべて気高いこと」は尊ぶことを意味します。つまり、気高さや高貴さではなく、神を尊ぶ人間の敬虔さや信心深さ、すなわち謙遜さが大切だということです。「すべて正しいこと」は神の前での公正さを意味しますので、人間相互の公正さや対等性の重要さを表します。「すべて清いこと」は純真さや潔白さを意味しますので、人間相互の開かれた姿勢として理解できます。「すべて愛すべきこと」は最愛のことや親愛なことという意味ですので、友愛や友情の大切さを表します。「すべて名誉なこと」は「良い声」が原意であり、良い前兆を前に声を上げたり、声を出すことができないほどに驚いたりする様子を表しますので、人から感嘆される振る舞いをするようにとの勧めです。そして、これらの6種類の美德に続く「徳」と「称賛に値すること」は、先にも触れたように、ここに示した6種類の美徳に代表される、人間が生きるうえで大切なあらゆることを心に留めるようにとの勧めです。つまり、ここに書かれている6種類の美徳だけではなく、知り得る限りのあらゆる「美徳」や「称賛に値すること」を大切にして生きるように勧められているということです。
    今日の聖書箇所からは、パウロがフィリピの教会の人たちに、神の前でも人の前でも、日々の生活を真実に懸命に生きて欲しいと願っていることが伝わってきます。パウロのこの思いを酪農学園大学に当てはめると、本日の奨励題の「心に栄養を」という勧めとして理解できるように思えます。この奨励題にはふたつの意味があります。ひとつ目の意味は、わたしたちが自分の周りにいる人たちと真実に向き合うことによって、それらの人たちの「心に栄養を」届けるということです。ふたつ目の意味は、わたしたちが自分の周りにいる人たちと真実に向き合うことで、ほかならぬ自分自身の「心に栄養を」注ぐことにつながるということです。どれほど自分の利益を獲得しても、心が荒んでは仕方ありません。真実に、謙遜に、公正に、心を開き、友愛と親愛に満ち、周囲が驚くほどに、自分の身の周りの人の「心に栄養を」届け、そして自分の「心に栄養を」注いでください。

     

    礼拝動画の視聴にさいしては、以下のリンク(Google Drive)をクリックしてください。