2021年4月27日大学礼拝(リモート礼拝)のお知らせ

Date:2021.04.26

2021年度前学期第3回

大学礼拝(リモート礼拝)

礼拝動画の配信

 

聖書とメッセージの動画の視聴にさいしては、以下のリンク(Google Drive)をクリックしてください。

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聖書 ヤコブの手紙5章7−8節

奨励 「神=自然に委ねる――循環農法の礎」小林昭博先生(宗教主任)

 

【本日の聖書】

ヤコブの手紙5章7−8節

【新共同訳聖書】

7兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待つのです。8あなたがたも忍耐しなさい。心を固く保ちなさい。主が来られる時が迫っているからです。

 

【本日の奨励】「神=自然に委ねる――循環農法の礎」

ヤコブ5:7−8は直接的には古代の終末論を前提とする世の終わりに対する宗教的な心構えに言及しているのですが、間接的には古代地中海世界の農業労働に従事する者の心構えに触れています。聖書の世界でもある古代地中海世界の農業に対する心構えは、本学の創設者・黒澤酉蔵初代学園長の「循環農法の礎」でもある「神=自然に委ねる」在り方を表しています。 7節前半と8節は、現在の試練は終末までのものであり、終末は間近に迫っているのだから、そのときを待ち望むように伝えています。ここでヤコブ書は闇雲に困難を乗り越えるように勧めているわけではなく、困難の先にある希望に目を向けるよう促し、そこで例えとして引き合いに出されているのが古代地中海世界の農夫が大地の実りを待ち望む姿です。

7節には「秋の雨」と「春の雨」という表現が出てきますが、ギリシャ語では「早いもの」と「遅いもの」という形容詞が記されているだけです。このテクストは写本上でも複数の読みがあるのですが、新共同訳聖書は「雨季と乾季」から成る地中海世界の気候を念頭に置き、「雨」の語を補って「秋の雨と春の雨」と翻訳しています。この場合は雨季(10月〜3月)が始まる10月に降る早い雨(秋の雨)と雨季が終わる3月に降る遅い雨(春の雨)を表し、秋の早い雨は乾季(3月〜10月)によって乾いた大地を潤し、春の遅い雨は収穫前に作物を大きく成長させますので、農夫が豊かな実りを待ち望む姿に解されます。別の解釈としては、「実り」の語を補って「早い実り」と「遅い実り」とする説もあります。この場合は収穫期の「早生(わせ)」と「晩生(おくて)」を表しますので、農夫が収穫の始まりから終わりまで豊かな実りを待ち望む姿として理解されます。

 

両解釈のいずれを採るにせよ、ヤコブ書は農夫が大地の豊かな実りを待ち望む姿に準えて世の終わりの試練を希望を持って乗り越えるように勧めていることに変わりはありません。ここからヤコブ書が古代世界において農業を生業とする者の姿を困難を乗り越える人間の模範として示していることが分かります。そして、それが自らの務めを精一杯に果たした後は「神=自然に委ねる」という心構えなのです。これは科学や技術の発展に背を向けるものではなく、科学や技術を含む人間の側の努力を最大限に行いつつも、大地からの収穫を「神=自然の恵み」や「大地からの贈り物」と理解する謙虚な人間の姿なのです。ここには人間よりも大きな存在である自然との共生を求める生き方があり、それこそが黒澤酉蔵が示した「循環農法の礎」にある「神=自然に委ねる」人間の姿であり、「土を愛する」生き方でもあるのではないでしょうか。

 

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