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2017年度後学期第11回大学礼拝(2017年12月5日)の案内

掲載日:2017.12.01

2017年度後学期第11回大学礼拝

日時:2017年12月5日(火)10時40分
場所:黒澤記念講堂
聖書:ルカによる福音書2章4-7節
奨励:「わたしの小さなクリスマス」                
   森 宏士(日本基督教団栗山教会牧師・本学講師)

奨励の担当は、日本基督教団栗山教会牧師の森宏士先生です。
先生は本学のキリスト教学の講師をしてくださっています。

【奨励者からのメッセージ】
 クリスマスを毎年祝うのは、約2000年前にイエスがこの世界に生まれたことのお祝いだけではありません。むしろ、神ナシと見えるわたしたちのこの世界に、新たにお生まれくださることを願うこと、平和を求めることでもあります。ルカ福音書のクリスマスと共に、わたしにとってのクリスマスを、少し紹介させていただきたいと思います。
 ルカ福音書の記すクリスマスは、次のようでした。世界を圧倒する巨大なローマ帝国がイスラエルを植民地化し、その圧政はいよいよ強まってきて、人々は不安でいっぱいでした。そこへ住民登録令が出されます。どのような人がどこにどれだけいるかを把握されることで、税や労役や監視が深まることを意味します。ヨセフも、妻マリアを伴って、登録のためにベツレヘムへ向かいます。マリアは、神によって子(イエス)を宿していたということですから、誰もが納得し得ない怪しげな妊婦とも言えます。臨月が近づいていて、とても不安な辛い旅であったことと思います。「どうしてこんなことが…いったい神さまは…」。
 さらなる困難が、ベツレヘムで待っていました。住民登録のために大勢が移動していたためでしょう、二人を泊めてくれる宿がとれなかったのです。当時の多くは「民泊宿」のようですが、ヨセフの先祖の土地、しかもマリアは身重です。なぜ誰ひとり、相部屋や、客間の片隅に寄せてくれなかったのでしょうか。皆、住民登録令の不安と疲労で余裕を失っていたのでしょうか。この、「よりによってこんな時に…いったいどうしてこんなことが…」という世界は、「神ナシに見える世界」を表しています。
 ところが幼な子は流産してしまうことなく、無事、生まれたのだと言います。ただし、誰もが見つけやすく、お祝いされやすい「宿屋や客間」にではなく(そこに誰も入れてくれなかった!)、そのかたわらの「家畜小屋」にです。
クリスマスの物語は、「神ナシ」に見えるこの世界に、神の救いがそれでも生まれたことを告げようとしています。この、悲しみや不安や排斥の中にいわば不時着した幼な子が、やがて、人々の「客間」に訪れることになる、と。
 わたしにとってのクリスマスは…お話の方で…。